Aloha No Kalakaua

この曲は、ハワイ王国第7代国王デイヴィッド・カラカウアに捧げられた伝統的なメレ(歌)です。作者は不詳ですが、キリスト教の布教により一度は禁じられたフラを公の場で復活させ、「メリー・モナーク(陽気な君主)」と称えられた王への深い敬愛が込められています。

愛されるお方、私たちの国王 その威厳に満ちた姿
ハワイの多くの民が カラカウア王、あなたを愛しています。

王は命じられました フラを再び呼び戻すことを
フラはハワイの人々の誇り 心に刻まれ、消えることのない情熱

私は懐かしい思い出に包まれます 雨の中で踊る女神ヒイアカのように
カニレフアの雨が霧のように降り注ぎ 王の神聖な泉を潤します

私は今、ここでお伝えします あなたの御前でフラを踊ることを
王への感謝は尽きることがありません

愛しています、カラカウア王

曲のタイプ

神話・背景を踊る曲(カオナあり)

この曲は、カラカウア王の功績を称える直接的な賛美だけでなく、ハワイ神話の女神や自然現象を引用することで、王のマナ(霊的な力)や正当性を表現するカオナ(隠された意味)が含まれています

表面的な情景(訳と背景)

“I ka hoʻihoʻi o ka hula” この一節は、カラカウア王が行った「フラの復活」という歴史的事実を指しています。宣教師たちの影響で公に踊ることが禁じられていたフラを、1883年の戴冠式などで再び披露させた王の決断が、ハワイのアイデンティティを取り戻す大きな転換点となりました。

“ʻO Hiʻiaka haʻa i ka ua” ここでは、火山の女神ペレの妹であるヒイアカが雨の中で踊る姿が描かれています。ヒイアカはフラの守護神としても知られており、彼女の姿を歌詞に登場させることで、王が復活させたフラが神聖な起源を持つものであることを強調しています。

“Hoʻopulu i ka punawai a ke aliʻi” 「王の泉を潤す」という描写は、恵みの雨によって土地が豊かになる様子を表しています。水は生命の源であり、王の統治によってハワイの文化や人々の心が再び潤い、活力を取り戻したことを象徴する情景です。

カオナ(隠された意味)の深掘り

この曲の最大のカオナは、自然界の「雨(Ua)」や「泉(Punawai)」が持つ再生の比喩にあります。ハワイアンソングにおいて「花(Pua)」が人を指すように、特定の自然現象は特定の人物やその影響力を象徴します

ここでの「カニレフアの雨」は、王の慈悲や知恵を象徴しており、それが「泉(ハワイの文化の源泉)」を潤すことで、絶えかけていた伝統が息を吹き返したことを物語っています。また、王の前で踊るという行為は、単なるパフォーマンスではなく、王の霊力(マナ)と踊り手の精神が繋がる儀式的な意味を持っています。

文献に基づく考察

ハワイの精神性を記録したMartha Beckwithの資料によると、ハワイの人々にとって景色や自然現象は単なる視覚情報ではなく、先祖や神々との繋がりを呼び起こす「記憶の装置」として機能してきました

歌詞にあるヒイアカの描写は、Fornanderの資料等に見られる古いチャントの形式を汲み取ったものであり、王族を神格化された先祖と結びつける伝統的な手法に基づいています 。このように神話の登場人物と王を並べて歌うことで、カラカウア王の統治が神々によって祝福されていることを示しています。

どう表現する?

この曲を踊る際は、自分自身がカラカウア王の功績によって「踊る自由」を手にした一人のフラダンサーであるという自覚を強く持ってみてください。

王の御前で踊るという第4バースの歌詞にあるように、背筋を伸ばし、謙虚でありながらも誇り高い表情を維持することが重要です。カラカウア王を特定の人間の王として捉えるだけでなく、ハワイの文化を守り抜こうとした強い意志そのものを象徴する存在として敬意を払います。

現代において、私たちが当たり前のようにフラを学び、共有できているのは、この曲に歌われるような歴史的背景があったからです。その「感謝」をステップの一歩一歩に込め、地面を通じて先人たちに報告するような気持ちで立ってみてください。王様が大切にしていた「ハワイの誇り」を、静かな情熱として込めて踊ってみませんか。そうすることで、見ている人の心にまっすぐ届く、より豊かな表現につながります。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次